アクセラが育てるのは、事業だけじゃない。 カジュアルに起業し、9つの事業を立ち上げた学生起業家の視点(ゲスト:株式会社One by One Music 畠山 祥)

アクセラが育てるのは、事業だけじゃない。 カジュアルに起業し、9つの事業を立ち上げた学生起業家の視点(ゲスト:株式会社One by One Music 畠山 祥)

山梨県庁にスタートアップ・経営支援課が誕生して、まもなく2年。「汗をかく行政」を合言葉に、誘致から資金調達、起業支援や成長加速サポートまで、各領域を横断して奔走する様々な支援事業を展開しています。
2025年秋には、県下発のスタートアップ支援拠点が誕生予定。全国にさまざまな支援拠点が生まれる中、山梨の支援拠点はどんな場所であるべきなのでしょうか。

連載「スタートアップ支援って、どうあるべきなんだろ?」は、この問いのヒントを探る企画。山梨県スタートアップ・経営支援課が、毎回ゲストをお招きし、建設途中の工事現場で「あーでもない、こーでもない」と対話を重ねていきます。

今回は、博士課程の大学院生であり、JAXAの研究員、そして起業家という、いくつもの肩書きを持つ畠山祥さんが登場。令和6年度「やまなしスタートアップアクセラレーションプログラム」に採択された株式会社One by One Musicの事業と山梨県のスタートアップ支援について。そして畠山さんの思考に、対話を通して迫ります。

PROFILE
畠⼭ 祥(はたけやま・あきら)株式会社One by One Music 代表取締役社長

1999年生まれ富山県高岡市出身の起業家・エンジニア。早稲田大学で航空宇宙工学を学び、5社を経営しながらJAXAで博士課程に在籍。AI動画編集ソフト開発、ペット向け音楽制作、宇宙科学研究など多岐にわたる活動を展開。「企業格の擬人化」や「全人類がクリエイターな世界」の実現を目指す。

PROFILE
吉田 健二(よしだ・けんじ)山梨県庁 産業政策部 スタートアップ・経営支援課 スタートアップ支援担当 主査

神奈川県出身。民間企業約20年を経て、2019年山梨県入庁。スタートアップ・経営支援課は1年目。民間時代は未上場から1部上場まで企業が成長する過程を、様々な部署で経験。山梨と神奈川で2拠点居住を実践中。

名刺がいっぱい

吉田

One by One Musicのお話に入る前に、畠山さんは、学生であり、JAXAの研究員であり、起業家。しかも、同時進行で9つの事業を自分で作って回しているという……。どうしてそんなことになっちゃったんですか?

畠山

あはは。興味があることを仕事にしていったら、いつの間にか、ですね。名刺がいくつもあって、トラブルになります(笑)

吉田

現役の大学院生ですよね。

畠山

はい、博士課程の大学院生なので、年齢は25になります。事業のことでいえば、基本的には趣味ベースではじめているものにお金がついて、それが仕事になったり、会社になったりというのが自分のパターンでした。無理なく自分らしく日常生活を送っていたら、いつの間にかこうなっていたという。

吉田

社会人経験があったわけではないのですよね。

畠山

そうですね。ただ、スタートアップの立ち上げに何社か関わっていたのと、そこで官公庁の数千万規模の案件のプロジェクトマネージャーを任せていただいて、メンバーを動かしてプロジェクトを完遂させることは経験していたので、それが社会人の擬似体験だったかな、と。それと、自分自身がやっている会社の方で「この業界だとこういうのが当たり前」という常識や作法を教わるなど、周囲に育ててもらいながら勉強してますね。

吉田

なるほど。5つの会社を起業・経営し、9つの事業を運営されているということですが、次々新しいことにトライできる原動力は何なのでしょう?

畠山

自分の内的な動機はすごく大切にしていますね。つまり、自分で「やりたい」と思うかどうか。「自分がやるべきだ」とか、「やったほうが面白いんじゃないか」ということをベースに、自分と仲間が持っているいろんなスキルをフル活用して事業として成り立つようにしています。

畠山

例えば最近、地元で観光の会社を作ったのですが、その理由は自分を育ててくれた地元の文化や産業の保存に貢献したいと思ったこと。自分が持っている“外の視点”や、投資家をはじめとする富裕層のネットワークを使って、何かしらのかたちで地元の産業や文化の保存に還元することを考えたとき、富裕層と産業という2点の間をつなぐのは観光だろうと思い、観光の会社をつくりました。

吉田

アイデアから実行までのスピードがとても速いのですね。ちょっと失礼な質問かもしれませんが、事業を走らせて、ストップしてしまったものもあるのでしょうか?

畠山

いや、すべてキープして、黒字で保っています。僕は一度やると決めたら目標が達成されるまでやり続けようと思う、ねちっこいタイプなんです(笑)

「五感」を担う5つの事業

吉田

畠山さんは簡単に言いますが、いくつものカードをキープし続けているというだけですごいことですよね。優先順位に困ったりしませんか?

畠山

優先度、あんまり決めていないんですよね。タスクをこなしていくときも、無理をせずに、自分が興味のあることをベースにこなしていくことが多いです。楽しそうな内容から取り掛かる。それが一番効率良く、生産性高く処理していける方法だと思っています。

畠山

僕、若い世代はとくに「リスク分散」をしておけるといいんじゃないかと思っているんです。自分の会社を持っておくとか、副業しておくとか、趣味でもいいので何か“食いぶち”になるようなことを一つ持っておく。そういうリスクヘッジのような動きが、不確実性が高まるこれからの世の中において重要だろうと考えているんです。その観点で、僕にとって身近な選択肢が起業だったわけです。

吉田

畠山さんほど事業を複数持っていると、ポートフォリオも考えたくなりますよね。

畠山

実は、かなり考えているんです。哲学じみた話になるのですが、「法人格」って法が認めた人格と書きますよね。だから、企業は”人のような権利を与えられたハコ”だと擬人化して考えているんです。

だから僕は法人(企業)を使って、人っぽいものをつくりたいと考えたのがざっくりとしたコンセプト。企業が人のように判断し、相互に協力していけるシステムを作りたいと思っています。

吉田

人っぽい会社……!興味深いですね!

畠山

そこで、人をつくるものは何かと考えて人の要素を分解すると、脳プラス五感だと思いました。

畠山

五感の中でも優先度が高い感覚が「視覚」。だから1つ目につくった会社は「レイワセダ」という名前で、視覚的な領域である動画編集×AIの会社としました。そして2つ目につくったのが「One by One Music」。音楽なので、聴覚的な領域ですよね。3つ目が触覚の領域で、先ほどもお話しした地元・富山のツーリズムを基軸にした「ToYAMA」です。そして、それら「五感」をまとめあげる「脳」として「Number」という親会社をつくり、それらをホールディングスにしています。

吉田

嗅覚と味覚はこれから作られていくのですね。

畠山

はい。レイワセダは「レイ=0」、One by One Musicは「One=1」、ToYAMAは「To (トゥー)=2」と数字を振っていて、毎年1社ずつ創業するというのも「Number」のコンセプトです。これはすべて僕個人のお金で始めて黒字化させ、今は少しずつ人に譲りはじめているところです。一方、研究員としても関わっている宇宙関連事業の方は僕のライフワークであり、ライスワーク。「Number」ホールディングスとは完全に別個のものとしています。

全動物がリラックスできる世界

吉田

畠山さんの中で「One by One Music」はどういう位置付けですか?

畠山

聴覚なので「耳」ですよね。遠くの音を引っ張ってくるように、飛び道具的に考えています。というのも、犬×音楽というテーマって、キャッチーなんですよね。案外多くの人が興味を持ってくれていて、マーケットとしても存在する。だからいろんなメディアなどで取り上げていただくことができて、「One by One」をきっかけにはじまる仕事もあるんです。

吉田

「One by One」があることによって、全体に動きを添えられる感じですかね。その切り口で事業を始めようと思ったきっかけは何だったのですか?

畠山

創業メンバーのひとりが牧場でインターンをしていたんです。そのときに、牛にストレスがかかると乳房炎になって乳が出なくなってしまい、肉牛として処理されるという話を教えてくれました。牧場の売り上げが下がるという経済ダメージもありますが、僕はアニマルウェルフェアの観点からも避けるべきだと思った。

畠山

それをきっかけに、日本で動物のストレス対策はどうなっているのかが気になって調べたところ、あまり対策できていない状況だった。その頃の僕は「レイワセダ」の事業で作曲家とのつながりがあったので、そこからクリエイティブ関係を発展させたのがはじまりでした。

吉田

はじめは牛のための音楽だったのですね。

畠山

はい、でも産業動物向けはビジネスになりにくかったことに加え、ちょっと個人的な理由になりますが、僕自身が昔犬を飼っていたり、母親がピアノの先生だったりと、犬×音楽に親しみが強かった。マーケットもあるし、仕事をしていて犬と触れ合えるのもめっちゃいいなと思ってピボットしました。

吉田

僕たち、初めて畠山さんにお会いして、事業ピッチを聞いたとき、「本当に事業として成立するのか?」と思ってしまったんです。

畠山

あはは、そうだったんですね(笑)

吉田

でもどこか惹かれて、気になって、結局我々の方から声をかけました。そして令和6年度の「アクセラ」で伴走支援をさせてもらっているわけですが、我々の支援についてどんな印象をお持ちですか?

畠山

県内の企業さんと密に繋いでくださることが自治体主導の支援ならではだと感じています。とくに印象に残っているのが、「遊亀公園」という市が運営する動物園への導入に向けた働きかけですね。

吉田

「遊亀公園」は、ちょうど改修工事の真っ只中の動物園で、動物たちがストレスにさらされている状況だったんです。そこで、畠山さんたちなら犬以外の動物にも効く音楽をつくることができるのでは? と考えたことがきっかけでした。

畠山

僕らが提供している音楽は、獣医学部がある麻布大学と2年間ほどの共同研究を経て作り上げた音楽です。どんな研究をしたかというと、ローテンポな音楽とハイテンポな音楽の両方を作って犬に聴かせ、唾液の中にあるコルチゾールというストレスホルモンの量を調べるというものでした。ローテンポの音楽の方がコルチゾールが少なければ、ストレスを緩和するにはローテンポの音楽の方が効くだろうというという仮説を立て、同じように唾液を採取しながら楽器を調整したり、メロディーの周波数を工夫したり。それを繰り返して、どの要素が効いているのかを追求し、その要素を満たした音楽を生成できる自動作曲プログラムをつくりました。

吉田

条件にあっている音楽が生成されていくということですね。

畠山

One by Oneって、それぞれの、という意味なんです。最終的に目指したいのは、それぞれの犬や動物に合った音楽を提供するところ。今は開発と認知向上を進めているという状況です。

吉田

現在のサービスは犬向けに展開されていますが、動物園に導入するものもソフトの部分は同じになるわけですね。

畠山

はい、僕らの事業は基本的にあらゆる動物に適応可能だと思っています。全動物がリラックスできる世界になったら面白いだろう、と思っていますよ。皆さんと進めている動物園の件は、アニマルウェルフェアを意識して音楽を使っている動物園の先行事例にできたら理想的ですよね。社会的意義も込めて実現させたいと思っています。

事業の育成とメンバーの育成を考えて

吉田

アクセラの支援内容でいうと、メンターさんからの支援として、売り方に関する介入もありましたね。

畠山

はい、どうすればもっとユーザー数を増やせるかという議論の中でのお話ですね。これまでサブスクのようなシステムをとっていたところを、無料のサービスにするという。

吉田

僕、結構ガラッと変えるなと思って、ちょっとドキドキしながら聞いてました(笑)。

畠山

あはは、僕は「やってみないとわからないので、やったら良いんじゃない」というのが基本的なスタンス。それに、ユーザーの体験価値が上がるのであればそっちの方がいいなと思いました。なによりアクセラの担当・後村が「やってみたい」と言ってくれたことが大きかったですね。

吉田

そうだったのですね。

畠山

後村はこのプログラムを通して成長しました。自分から意見を出すことにより積極的になったり、事業計画の最終プレゼンの質が上がったり。フォロワーではなく事業主としての目線に変わってきたと感じていて、それが僕は嬉しくて。

吉田

アクセラには、事業を成長させることに加え、メンバーを育てるという目的もあったのですね。

畠山

人が一番重要だと思っているんです。「人がいかに育つか」や、「人が育つ環境をいかに育てるか」ということを僕は考え続けなければいけない。

吉田

このプログラムを経て、ほかに変わったことや新たな方向性の発見などはありましたか?

畠山

メンタリングじゃないですけど、客員起業家のような感じで、僕自身が起業家向けに伴走支援することにも興味が沸いてきました。最近は講演をすることも増えたので、そういうことも求められているのかな? と。

吉田

畠山さんはパーソナリティも魅力的ですからね。

畠山

僕、見返りをあまり求めずに事業をしているところがあって、たぶんカジュアルに起業しているんです。というのも、できる限りカジュアルで、無欲な人ほど上に立つべきだと僕は思っているんです。僕自身で言えば、ボランティアでもなんでもいいので、社会に対して価値になることをつくり出せているときの満足度がすごく高い。だから、自分の知識が社会にどう求められているのかを常に考え、応えていきたいと思っています。

スタンフォードの学生も推す、山梨の強み

吉田

自分自身もプレイヤーである中で、サポートをする側も視野に入っている。そんな畠山さんは、どんなサポートがありがたいと思いますか?

畠山

僕のホールディングスで実践しているやり方なんですけど、「力を入れたいことの中で、困っていることはなんですか?」と聞き、それを実務に入って解消する動きをしているんです。「ここはダメだよね」とか「こうした方がいいよね」というアイデアって、言ってしまえば誰でも出せるんですよね。大変なのは実際の実務。だから、その中でも一番面倒なところを解消してくれる支援ってとてもありがたいんじゃないかな? と思います。

吉田

なるほど。確かに理想論やアイデアを言うことは簡単ですし、ともすると「助言する側」が、ただ満足するだけという本末転倒な状態にも陥ってしまいますよね。と、ここまでビジネスの話をしておいて、でも畠山さんが生きている中で一番頭を使っていることは、小惑星の鉱物をどうやって地球に持ってくるかという宇宙工学なんですよね(笑)

畠山

そうですね(笑)でも、新しいコンセプトを立ち上げて、それに対してプレゼンして資金を集め、その資金でメンバーを総動員してプロジェクトを遂行するというのは、研究も事業でもあまり変わらないんです。両者をアナロジーとして考えると、互いに活かせる要素がたくさんあると思っています。

吉田

研究と事業も相互に働かせているのですね。山梨を客観的に見て、どういう企業に山梨での事業展開をおすすめしたいと思いますか?

畠山

僕はIT系に向いているんじゃないかと思っています。

吉田

その理由は?

畠山

気候です。僕、シリコンバレーに行ったときに、「なにが東京と違うんだろう」と考えてみて、出した答えが天気だったんです。アメリカの西海岸は、西岸海洋性気候という気候帯で、カラッと晴れている。外に出るときれいなビーチがあって、いつでも気分よく散歩できる環境がある。だからこそ、シリコンバレーというシステムができたんじゃないかと思っているんです。

吉田

山梨もよく晴れますからね。

畠山

そう、実際に晴天率を調べたんです。そしたら山梨がトップ(2022年)! 天気の“気”がいいというのは、本人の“気”が良くなるための重要なファクターであり、変え難い強みだと思います。スタンフォード生たちに「なんでスタンフォードってAIの研究に強いと思う?」と質問すると、「天気がいいからかな?」って言いますからね(笑)