支援って必要ですか!?支援“ありき”のビジネスに警鐘を鳴らす(ゲスト:アグベル株式会社 丸山桂佑)

支援って必要ですか!?支援“ありき”のビジネスに警鐘を鳴らす(ゲスト:アグベル株式会社 丸山桂佑)

山梨県庁にスタートアップ・経営支援課が誕生して、まもなく2年。「汗をかく行政」を合言葉に、誘致から資金調達、起業支援や成長加速サポートまで、各領域を横断して奔走する様々な支援事業を展開しています。
2025年秋には、県下発のスタートアップ支援拠点が誕生予定。全国にさまざまな支援拠点が生まれる中、山梨の支援拠点はどんな場所であるべきなのでしょうか。


連載「スタートアップ支援って、どうあるべきなんだろ?」は、この問いのヒントを探る企画。山梨県スタートアップ・経営支援課が、毎回ゲストをお招きし、建設途中の工事現場で「あーでもない、こーでもない」と対話を重ねていきます。


今回は、全国でもめずらしい果樹農業法人・アグベル株式会社の丸山桂佑さんが登場。2020年の創業から、公的な支援を受けることなく成長を続けてきた同社。アグベルは、どうして支援を必要としなかったのか。そして、現在のスタートアップ支援の潮流をどのように感じているのか……。スタートアップ支援課・宮川と本音の対話を展開しました。

PROFILE
丸山 桂佑(まるやま・けいすけ)アグベル株式会社 代表取締役

1992年山梨市生まれ。立命館大学卒業後、リクルート住まいカンパニーへ就職。2017年父親の病気を機に山梨へUターンし家業であるぶどう農家を継承。2018年から独自での販売や輸出などを行い、2020年、日本の果樹産業をアップデートすべく「アグベル株式会社」を創業。

PROFILE
宮川 大志(みやがわ・たいし)山梨県庁 産業政策部 スタートアップ・経営支援課 主任

山梨県出身。民間金融機関での10年超の業務経験を経て、2022年に地元山梨にUターンし山梨県へ入庁。スタートアップ・経営支援課では、県がスタートアップ企業へ直接出資する「資金調達サポート事業」などを担当。

「その「付加価値」は、自分たちの「ヘリクツ」ではないか

宮川

アグベルさんは、「スタートアップに支援が必要かどうか」ということに対して、ニュートラルなスタンスをお持ちであることが印象的で。この対談企画が決まったときから、ぜひ来ていただきたいと思っていました。

丸山

ありがとうございます。そもそも僕がアグベルを創業したのは2020年。その頃は今のような「支援」があまりない時代でした。

宮川

改めて、アグベルさんの事業についてお聞かせいただけますか?

丸山

アグベルは農業法人。ブドウやイチゴ、桃、梨などのフルーツを商品とし、生産から販売までを垂直統合して自社で管理するビジネスモデルを展開しています。

宮川

中間業者を介さずに、ということですね。

丸山

そうです。選果場を自社で運営していますので流通業務から販売まで行うことができます。全体の比率の4割をアジア圏を中心とした海外へ輸出し、残り6割を国内で販売しています。一部はふるさと納税などを含めた直販で、その他は大手小売店さんなどと直接取引しています。

宮川

丸山さんは、もともと農業に興味がおありだったのでしょうか?

丸山

実家が兼業農家で家族経営の規模でブドウの生産を行っていましたので、そういう意味で興味はありましたね。僕は18歳まで山梨にいたんですが、京都の大学へ進学して、卒業後はリクルートに就職してずっと大阪に暮らしていたので、農業から離れている時期も長かったですね。

宮川

そこから地元に帰ってこられたのは、何かきっかけがあったんですか?

丸山

そうですね。転機となったのが、社会人3年目の出来事で。実家から連絡があり、父が病気で余命がわずか数ヶ月という話を聞かされました。僕はすぐに退職してUターンして、父の農園を継ぐことにしました。僕が25の歳に父は55で他界。農業に携わるようになって、そこで従来の共選出荷を含めた“昔ながらの農業”に触れる中で「農業を戦略的にビジネスとしてやっていこう」と、アグリカルチャーに新時代のベルを鳴らす、アグベルをひとりで創業をしました。

宮川

そうでしたか。もともと家業を継ぎたいという思いは持っていたのでしょうか?

丸山

そうですね、いつかはやりたいと思っていました。それに、家業ですから農業に携わるようなビジネスを自分でやりたいという思いは沸々とありました。

宮川

流通構造の課題解決に取り組まれているのは、どのような思いからですか?

丸山

農家が果樹を作って市場に出せば必ずお金に変わるんです。この流通のインフラは日本独自のシステムで、もうすごいことじゃないですか。一方で、農家は作り手でありながら、自分たちの商品に対して自分で価格を決められないんです。自分たちが作ったものに対して価格を決められずに、これは果たしてビジネスなのか? と。

宮川

価格決定にコミットするために、販売までを垂直統合して行われているわけですね。

丸山

既存の流通構造は農家が多かった時代は良かったと思うんです。けれど、人口が減少して、農家も減っていく中で、この構造は機能し続けるだろうか……と、疑問を感じました。加えて現状のままでは職人は育つけど、経営者は育たない。だから僕は、自分で作ったものの価値を自分で決めたいと思ったんです。

宮川

生産者が自ら価格を決めていく上で、丸山さんはどんな視点を大切にされていますか?

丸山

僕が一番気をつけているのは、その価格が消費者にとっての「付加価値」を伴っているか、それともただの「ヘリクツ」になっていないかを見極めることです。「付加価値」という言葉が、自分たちにって都合のいい「ヘリクツ」になってしまってはいけないなと。

宮川

「付加価値」と「ヘリクツ」の違い、難しいですね。具体的にはどういうことでしょうか?

丸山

日本の農産業界では、どこか芸術品のようなフルーツを作ることが美徳とされる風潮があります。でも、一般の消費者の気持ちになったら、美味しいフルーツをなるべく安価で手に入れられる方が嬉しいですよね。もちろん、「贈答品として贈りたい」とか、芸術品のようなフルーツを求めている人もいる。だから、僕らは作り分けるんです。需要ごとに価格を決めて、その価格に対して作り分ける。ディスカウントストアもあれば、老舗百貨店もある。海外輸出もある、というように。

宮川

そうすると、生産規模も拡大できますね。

丸山

そうですね。これまで家族経営が主だったという背景は、限られた面積の中で売り上げを最大化させようとしていたからでしょう。僕らは、生産面積を拡大しながら組織で農業をしていく。だから、販売先ごとの需要にコミットすることを重要視しているんです。

農業をビジネスとして捉えてやっていく

宮川

組織面で、他の農業法人さんとの違いってありますか?

丸山

まず、果樹農業法人という法人形態がほとんどいないんですよ。全国でも2%程度だと認識しています。それと、弊社の平均年齢は29歳。農業界としては非常に若いです。この若いメンバーが農業を本気でビジネスと捉えてやっているので、組織としての勢いと強さがありますね。

宮川

外に出て気持ちよく身体を動かしてという、いわゆる牧歌的な“農業”のイメージとは、ちょっと違いそうですね。

丸山

労務規定や人事評価制度があり、営業がいて、生産する人がいて、ファイナンスをする人がいる。組織としての役割分担の中で農業に取り組んでいるので、そこは他の農業法人とは違うところかもしれないですね。ただ作ればいい…というだけではありません。

宮川

アグベルさんとは確か「ニュービジネスコンテスト」の会場でお会いしたのが初めてだったかな。そのコンテストの会場票を圧倒的に集めていたのがアグベルさんだったんですよね。多くの人が可能性や希望を感じるスタートアップであることを実感しました。

丸山

そう言っていただけるのは嬉しいですね!

宮川

個人的にも、アグベルさんのビジネスはまさに山梨の社会課題解決に直結することだと感じていて。耕作放棄地を整備して再生することもそうですし、既存のバリューチェーンに改善点を見つけて、新しく構築すること。さらに、「付加価値」対するシビアな視点。次の経営者を育てることにもつながる取り組みは本当に頭が上がりません。

丸山

嬉しいお言葉ですね。でも、課題だらけの現代において、社会課題を解決するというのは、スタートアップにとって当たり前だと思うんです。だから、それがスタンダードになっている以上、ここから先に求められるのは経済性。本当にそのビジネスは儲かるのか、持続できるのか、というところですよね。社会課題を解決している事業であっても、経済性がなかったら意味がないですから。

宮川

事業を継続して、次世代につなぐという意味でも、重要な視点ですね。

丸山

そういうステージになってきていると思うんです。その中で、山梨県のスタートアップ支援自体は素晴らしい。ただ、使う側のスタートアップは「それありきでやるなよ」と思うわけです(笑)

支援ありきでビジネスを考えてはいけない

丸山

支援を使って成長していくフェーズであれば、山梨県にはかなりいいメニューが揃っている。けれど、支援メニューがあるからここで起業するっていうのは違うんじゃないのかな? というのが僕の意見ですね。

宮川

そうですね。どの自治体にもいえることかもしれませんが、少々「支援漬け」になっているようなところは見受けられ、それは問題だと感じています。アグベルさんがこれまで活動を展開してきた中で、ありがたいいと感じたサポートはありますか?

丸山

農林水産省から「農林水産大臣賞」を2023にいただいたことは嬉しかったし、ありがたかったですね。国の名誉ある賞を受賞できたことで、かなり活動しやすくなりました。

宮川

一気に注目も集まりますしね。資金面や人手の面ではどうでしょうか。

丸山

今は基本的に銀行借り入れだけで事業展開しています。ずっとこのスタンスで頑張ってきたので、資金という面では思い当たりませんね。ただ、地に足をつけて事業を行ってきたからこそ、今は「農業に必要なことはなにか」を国にも提言できる立場になれたのかな? と感じています。

宮川

スタートアップの立場から、必要な支援を「自分たちで作る」ことができるのは、画期的ですね! 僕らは支援する側として、自分たちの支援メニューが本当に役立っているのか分からなくなってしまうことを恐れています。どういうふうに声を拾い、事業を組み立て直していったらいいのか、今は岐路に立たされていると感じていて。

丸山

行政の支援は、強い追い風になりえますからね。だからこそ、本当に双方のためになっているかという視点がシビアに求められそうです。

宮川

丸山さんのようなマインドセットというか、「支援メニューを使わないことで、むしろ強い事業を作る」という思いはどこで培われたものなんでしょう。

丸山

やっぱり自分は創業者なので、今の段階で甘いことを考えていてはいけないだろうな、と。いつも僕が大切にしているのは、「質は量から決まる」という考え方。時代に反した体育会系ですけど、とにかく量をこなして質を上げていくというスタイルで、地に足をつけてがむしゃらにやっていくというのが自分らしいと思っているんです。

地方にしかできないこと

宮川

そういうスタンスの経営者や起業家の方に、行政の立場から伴走しようと思った時に、どういうものがあったら響くのでしょうか。山梨で事業を続けてもらいたいと思った時に、何があったら、ここで続けたいなと思ってもらえるのだろう、と。

丸山

僕、本当に仕事が好きなので、同じ志をもった人とつながりたいですし、少しでもそういう人が生まれるような「場」や「環境」があったらいいなと思います。

宮川

なるほど。

丸山

例えば、仲良くさせていただいている「るうふ」の丸谷代表とは福岡で行われたカンファレンスでたまたまお会いしたんです。それで、山梨出身の企業ということで仲良くなって。だから、僕がキャッチアップできていないだけで、そういう方はまだまだいらっしゃると思うんです。

宮川

同じような志持っている人たちが集れる場所やイベントがあれば有意義ということですね。そういうものが、県内にあったらいろんな人が集まってくるイメージはできますかね?

丸山

はい、世代問わず集まれる場になったらすごくいいですよね。というのも、最近では学生にもビジネスに熱心な人も多いようですし、資本に余裕のある地方企業が積極的に若い世代に投資していく未来の循環が地方で生まれる可能性も感じていて。新しい世代とビジネスを共創し合えばまた新たな価値が生まれていく。地元が一緒で、お互いにビジネスを作れるということであれば、本当にいいパートナー関係になれると思うんです。

宮川

首都圏よりも地方都市の方がそういったつながりは生まれやすそうですよね。

丸山

地方のビジネスってどうしてもEXITしにくいんですよ。株価を上げて売却して収益を得るみたいなビジネスではなく、地元に根ざして、根付かせて成長していくというのが地方のビジネス。農業はまさにそうです。ですから、本当に信頼し合える地元の企業と、資金的な連携も含めてできることが理想的。ゴリゴリ資本市場の首都圏のVC(※)をパートナーに選ぶより、ずっと血の通ったビジネスができると思っています。
※VC:ベンチャーキャピタル(venture capital、略称)。ハイリターンを狙ったアグレッシブな投資を行う投資会社(投資ファンド)のこと

丸山

やっぱり地元。ローカルtoローカルで経済を回していくことを考えた方が、より持続的で、より地方にしかできないユニークなビジネスになりますよね。

山梨に根ざして、夢を追いかける

宮川

どういうスタートアップだったら、山梨の環境を活かせると思いますか?

丸山

うーん、ゼロイチで山梨からスタートアップが数多く生まれるというイメージは正直なところ持ちにくいですね。結局、山梨の良さって外に出て気付けることも多いので。

宮川

ずっと同じところにいるとなかなか気付けないですものね。ちなみに丸山さんは、山梨のどんなところが素晴らしいと感じていますか?

丸山

僕の場合、ブドウの栽培をしているのが当たり前の環境で生まれたわけですが、果物の価値について、それほど分からなかったんですよ。それが、京都の大学へ行って、お世話になった人や友人に何気なく渡すとものすごい喜ばれて。「山梨の果樹を、こんなに喜んでくれる人がいるんだ!」というのは原体験としてあります。それに、やっぱり生まれ育った故郷なので、好きですよね。

丸山

だから、一番の本音は、山梨を好きな人に山梨の環境をいかしてほしいです。何かしらの縁がある人。あとは、山梨が強みにしている果樹やジュエリー、自然環境などをうまく活用できるスタートアップにきてもらえたら嬉しいですね。

宮川

すでに山梨県に定着して事業を行っているスタートアップもいくつかいて、まさに山梨の自然資源や環境を活かして、山梨に惚れ込んでくださっています。僕らとしても、そういう人を増やしていきたいですね。

丸山

いいですね。僕らは、山梨から世界を代表する農業法人になりたいと思っているんです。「農業界を変えたい」とか、「もっと良くしたい」とかを目的にしてはいませんが、自分たちが真っ当にビジネスをすることが農業界のためにもなると信じています。

宮川

世界を代表する農業法人が山梨から生まれるというのは、大きな希望を感じます。

丸山

分かりやすくいうと、キウイはゼスプリ、オレンジはサンキスト、バナナはドール。そして、グレープはアグベルと言われるように。僕の代では無理かもしれないけど、そこを目指しています。

宮川

山梨に根差しながら、世界の市場を見ているのですね。

丸山

社員10名のうち、僕と同じ農家の倅が3名いるんです。彼ら自身、農家の息子としてこれまで育ってきましたが、すぐに家業を継承するのではなく、アグベルに所属して農業をして、家族では見られなかった100倍、1000倍の生産規模の実現を一緒に目指している。そして、自分の代になったら、自分の家の農園もアグベルでやると言ってくれている。僕はこれがすごく嬉しくて。

宮川

それは嬉しいですね!同世代の仲間が一丸となって農業に携われば、その力は何倍にもなりますね。

丸山

ありがとうございます。対外的な様々な評価を受け止めつつ、今はもう全員が一歩ずつ、昨日よりも今日、という感じでやっています。そしたら人も定着するようになったし、”強い”組織になってきている気がします。僕を含め、社員の半分くらい、ウェイトリフターですしね(笑)