Smells Like Crafters Pride ー Komons Fragrance Lab. 代表 有井誠

Smells Like Crafters Pride ー Komons Fragrance Lab. 代表 有井誠

新しいチャレンジには、いつも孤独や不安がともなうもの。スタートアップ企業にとって、事業をおこなう場所や、周りの環境はとても重要ですよね。それらの中でもっとも大切なのが「そこで出会える人」ではないでしょうか?
特集「山梨で会いましょう」では、山梨に関わるスタートアップを応援したい、興味がある、一緒に何かやってみたい、といった“スタートアップフレンドリー“な山梨県人にお話を聞いていきます。

第5回目となる今回は、2023年に地元山梨で「Komons Fragrance Lab.」を設立した株式会社Unsungs&Webの代表 有井誠さんにインタビュー。天然素材と香りにこだわったホームケアブランド『Komons(コモンズ)』をはじめ、香りを纏うヘアオイル『Diffar(ディファー)』や、サウナアロマ専門ブランド『YO(ヨウ)』など、多彩なプロダクトを手がけるに至った経緯や今後のビジョン、地元山梨の魅力についてお話しを伺いました。

今までになかった「手触り感」

編集部

有井さんは天然素材と香りにこだわったホームケアブランド『Komons(コモンズ)』をはじめとする様々なブランドを手がけられていますが、こちらの「Komons Fragrance Lab.」は、それらプロダクトの核となる“香り”を作り出す場所ということになるんですか?

有井

そうですね。数年前から使わなくなっていた実家の母屋と倉庫でして、2023年の春に香りの調達から製造までを一気通貫で行える実験施設として設立しました。

編集部

自社ブランドの始まりとなったKomonsをローンチされたのはいつだったんですか?

有井

2017年に都内で会社を創業してから2年後ぐらいだったんですけど、それまではずっと自宅の部屋に引きこもって香り作りをしていたんです。香りって、基本的には香料会社に世界中にある香料をブレンドする「調香」をオーダーして、出来上がったものを購入する流れが一般的なんですけど、創業当時はまずその香りを作ることから始まり、実際にそれを商品化してもらえる業者を探すのにかなり苦労しましたね。

編集部

2年間もの時間がかかったんですね。

有井

そうですね。それでもなんとかローンチにこぎ着けて、後にブレンドまでは自社で行うようになったんです。ただありがたいことに少しずつ規模が大きくなっていくにつれて、製造を内製化することでもうひとつ踏み込んだ香り作りをできるようにしようと。

編集部

もうひとつ踏み込んだ香り作りですか。

有井

いわゆる「抽出」といって、主に花や木の皮など自然素材を蒸留して直接香りの成分を分離させる設備を導入したんです。そうすることでより作れる香りの幅が広がりましたね。今は「香りの熟成」に注目していて、例えばイタリアの世界最古の薬局が出しているポプリも熟成した香料が使われているんですけど、現在こちらでも香料に流木を漬け込んでみたりと、試行錯誤しながら熟成してみているところです。

編集部

まさに実験施設なんですね。そもそもどうして香りというものに着目するようになったんですか?

有井

最初から香りに着目していたというわけではないんですよ。そもそもプロダクトを作り始めたきっかけは、兄に誘われたレーザー加工機の製造事業でして(笑)

編集部

レーザー加工機ですか!?

有井

大学院を出てからは外資系のコンサルティング会社に勤めていて、日本企業が海外へ事業進出していく際の事業戦略立案やWEBマーケティング支援などをしていたんですけど、あるとき突然兄がレーザー加工機を作ると言い出して。なかば巻き込まれるような形でジョインしたんですけど、そこでの経験から「もの作りって面白いな」と思うようになったんですよね。

編集部

有井さんの感じた「面白さ」をもう少し深く聞いてみたいです。

有井

部品を取り寄せるために中国の業者とやりとりをしたり、販売管理をしたり、ブランディングをしたりと、様々な業務を行っていたんですけど、なんか「手触り感」があったんですよね。コンサルティングって10年後を見据えた事業展開とか、見えないユーザーに対しての戦略を考えていくんですけど、言ってしまえばどこかふわふわした実態感がないものじゃないですか。対してもの作りは実際に自分たちで作ったものを扱って、相手の顔も見える世界で。

編集部

マスマーケティングの業界にいた人ほど、そういった手触り感に引かれる人は多いかもしれませんね。

有井

それまでの仕事ではある程度結果も出していたし、やりがいもあったんですけど。きっとコンサルで独立していた方が収入的にも良かっただろうな(笑)

「心地よさ」というアンチテーゼ

編集部

そこからどうやって現在のプロダクトにたどり着くんでしょう?

有井

まず、どんなプロダクトを作ろうかと考えたときに、妻が食器用洗剤による手荒れで悩んでいたことに着目したんです。実は一般的にシェアを得ている大手メーカーの食器用洗剤って、低価格化と機能を最大化する観点から成分の濃度をかなり高くしてあるんですよ。だから本来は水で薄めたり食器洗い用手袋をつけて使うべきなんですけど、そういった説明が十分になされているかというと、そうではない。

編集部

確かにそれは知らなかったですね。

有井

数ある商品の中でシェアを獲得するためにそのような実態になってしまっているのだと思うんですけど、そういった大企業の論理で最終的にユーザーが割を食っちゃっていることに違和感を覚えたんですよね。それに、最近キッチンもおしゃれになってきているのに、食器用洗剤のデザインはずっと刷新されないなとも思っていて。そういうものが日用品の中には多くあるんじゃないかと考えまして、「毎日の家事を、心地よい時間に。」というコンセプトのホームケアブランドを作ることにしたんです。

編集部

香りもその心地よさにこだわった要素のひとつなんですね。

有井

香りって感情や本能をつかさどる大脳辺縁系や、自律神経系をつかさどる視床下部に直接伝わるものなので、結構人のメンタルに与える影響は大きいんですよ。だから身体に優しい天然素材の香料にこだわって、“マイナスな家事の時間をプラスの時間に変える”香りを纏ったプロダクト作りを目指しました。

▲食器用洗剤をはじめ、ハンドミルク、ハンドソープ、ファブリックミスト、トイレ・バスクリーナーなど多彩なホームケアプロダクトが作られている
編集部

それでKomonsができたんですね。現在は他にもプロダクトブランドを展開されていますが、立ち上げの際に大切にされていることってあるんですか?

有井

それは結構明確にあって、「怒り」や「違和感」のようなネガティブな感情じゃないと物事は続かないと思っているんです。プラスの感情から起こすアクションってあまり長続きはしないなって。小さい頃の記憶とかもまさにそうで、悔しかったり恥ずかしかったりしたこととかってずっと覚えているじゃないですか。

編集部

確かにそれは分かるような気がします。

有井

Komonsを立ち上げる際に感じた既存製品に対する違和感もそうなんですけど、業界構造的に「こうなるよね」みたいになってしまっているプロダクトがマーケットに多くあると思うんです。その中で、本当にフラットな視点で見たときにもっといいものがあれば、それを選びたい人は結構いるんじゃないのかなって。

編集部

それは有井さんが今までのキャリアで様々な事業の内情に触れてきたからこそ得られた視点なのかもしれないですね。多くのユーザーはそういった裏側を知らないだろうし、気にもとめていないかもしれない。

有井

例えば果物加工の現場などでも、いわゆる“はねだし”といわれる出荷できないものが使われることも多いんですけど、そうではなくて一番いい状態のものを使ったらどうなんだろうとか。そういった違和感とか、多くの人が潜在的に感じているかもしれない不満みたいなものをプロダクト作りのヒントにしているんです。

編集部

ある意味アンチテーゼじゃないですけど、有井さんがやっていることって単なるプロダクト制作だけではなく、ユーザーの潜在的に持っているニーズを代弁してくれているようにも思いますよね。そういった誠実な姿勢って、元々ご自身にあるパーソナリティなんですか?

有井

そうかもしれないですね。誠実というか、結構頑固な性格だとは思いますよ(笑)

Komonsを背負ったとき

編集部

自社ブランドの立ち上げ・運営をする「OWN」事業と同時に、企業や自治体と共創する「WITH」事業にも力を入れられていますよね?

有井

実は元々「WITH」事業の方をメインに展開していこうと創業した会社だったんですよ。今は自社ブランドの運営が楽しくなっちゃって、そっちの動きが9割になってしまっていますけど。

編集部

そもそもコンサルティングの分野で活躍されていたんですもんね。

有井

株式会社Unsungs&Web(アンサングス アンド ウェブ)という社名で、「Unsungs」は「賞賛されていない・日の目を見ていない」という意味を持っているんですけど。日本にはその言葉の通りまだフィーチャーされていない良いものがたくさんあると思っているんです。それらを国内をはじめ海外マーケットに流通させるサポートをしようと考えまして。

編集部

海外展開を領域にしていた有井さんの強みですよね。それからどうして「OWN」事業(自社ブランド事業)がメインになったんですか?

有井

創業時に各地の様々な製造現場に足を運んだんですけど、新潟県燕三条市のとある金物製造会社に話を持ちかけたんです。そのときに自分の言葉に説得力や重みがないことを痛感して。

編集部

言葉の説得力や重みですか。

有井

コンサルティングでの実績が多少あったとはいえ、当時は30歳前半で製造業は兄との事業経験のみ。そんな若者がWEBを使ってどうのこうのって話をしても全然相手には響かなかったんですよね。そこで自分もリスクを負って経験を積まなければならないと思ったんです。借金をして個人保証もつけて、実際に在庫を抱えて1個ずつ手売りするような経験を経なければ対等に話ができないなって。

編集部

Komonsの立ち上げにはそんな背景もあったんですね。

有井

結構無理やり立ち上げた感じもあったんですけど、結果的に香りという自社の強みを見出すことができたし、ありがたいことに自社ブランドも黒字で運営できるようになった。そうすると色々引き出しも増えてきますし、結果的に「WITH」事業に還元されることも多かったですね。

▲WITH事業でサポートした東京都墨田区の久米繊維工業株式会社のTシャツ&スウェットブランド「KUME.JP」

「Made in Japan」≠「Crafted in Japan」

編集部

今後もブランドは増やしていく展望なのですか?

有井

中長期的な目標は30個ブランドを作ると言っているんですけど、数は多い方がいいと思っていて。その中で必ず自社だけではオペレーションにも限界が出てくるので、ゆくゆくはプロデュースや共創の割合も増やしていこうと考えています。そのためにも今はブランドを軌道に乗せて流通させる実績を積んでいくことに力を入れている感じですね。

編集部

先ほど仰っていた説得力や言葉の重みにつながる部分ですね。「数は多い方がいい」というのはどういった視点からですか?

有井

先ほど話した燕三条市の業者さんからも感じたんですけど、国内でいいものを作っている人たちって、クオリティにとことんこだわる分、効率よく大量に生産するにはおそらく向いていないと思うんですよ。

編集部

なるほど。なんか日本人の気質という感じがしますね。

有井

それに、自分でもの作りを始めたからこそ分かるんですけど、彼らは売り方が分からないわけではないんです。こだわればこだわるほど、売りたくなくなるんですよ(笑)

編集部

売りたくなくなっちゃうんですか!?

有井

苦労して苦労して生み出したものなんで、もう我が子のような存在なんですよね。それを大衆に向けて「安いよ」とか「うまいよ」みたいに安売りしたくないじゃないですか。できれば、ちゃんと価値が分かる人に見出されて、ちゃんと買ってもらいたいんですよ。そうすると、やはりマスマーケットで大手メーカーの商品と競い合うのは難しいし、ニッチ層を狙うにしても国内だけではそもそも分母が少ない。

編集部

シェアの数にこだわることで失われてしまうものもありますしね。

有井

だからこそ、日本で生産している「Made in Japan」という元来の概念ではなく、日本人のもの作りの想いとこだわりが詰まった「Crafted in Japan」という概念を再定義して、海外で認められるブランドに育てていこうと考えているんです。その上で、例えば年間売上100億円が目標なのであれば、100億円売り上げるブランドを1つ作るのではなく、売上3億円の尖ったブランドを30個作る方が建設的だと思っているんですよね。

編集部

そういった意味での30個なんですね。なんか有井さんの中にマーケターとしての考えと作り手の想いが同居しているのかなと思うんですけど、ジレンマとかはないんですか?

有井

めちゃくちゃ葛藤しますよ…。正直海外でプロダクトを展開するなら現地で生産した方が効率はいいんですけど、それをやっちゃうと会社のスタンス的に本末転倒になっちゃいますしね。なんか大変な道を選んじゃったなと思いますよね(笑)

カルチャー×スタートアップ

編集部

改めて地元に拠点を持たれた有井さんからみて、山梨ってどんなところですか?

有井

自分も完全にUターンしたわけではないんですけど、地元の南アルプス市にいて特に思うのは、景色もいいし、ブランド肉など食材やワインも美味しくてコスパもいいし、近所に少しずつ面白い取り組みをしている人も増えている。都内から客人が来ればひと通り案内するんですけど、すごく満足してくれるんですよね。

編集部

近年は少しずつ盛り上がってきていますよね。

有井

もっとこの辺りが盛り上がればいいなと思っていて。よく地方であれば大体その地域に3軒面白いお店ができると街が盛り上がると言われてるんですけど、僕自身もいずれ訪れた人がオリジナルの香りを調香できるワークショップスペースのような場所が作れたらと思っているんですよ。地場の素材も結構ありますし、最近は近所にできたワイナリーのブドウの搾りかすでワインリースオイルを作れないか実験しているんですけど。

編集部

地元の人間からするとすごく楽しみですし、そういった地場のものが香りという視点を通してフィーチャーされるのは、地域にとっても大きなプラスだと思います。有井さんからみて、どんなスタートアップが来たらもっと地域は盛り上がるんでしょう?

有井

地域の人間として言うと、正直いわゆるエクイティ獲得してJカーブで急成長を目指していくとかっていうよりは、少し長いスパンで、地域のカルチュアルな要素を一緒に育んでくれるような人が来てくれたらいいなと思うんですよね。例えばよく言われるのが、コーヒーショップとか、アートブック、ゲストハウスとかなんですけど。

編集部

最近山梨県にもそういったお店が増えている流れはありますよね。

有井

カルチャーの文脈とITやテクノロジーがどう絡められるかはわからないけど、地場の人たちと一緒にその地域を豊かにしていくようなオープンなスタンスも大切なんじゃないかなと思うんですよね。

編集部

そういう意味で言うと、まだまだカルチャー的に盛り上がれる伸び代があるとも捉えられますし、地方だからこそ新しいチャレンジできる余白はあるのかもしれませんね。

有井

あと僕も取り組んでいることなんですけど、山梨にも宝飾をはじめとする地場産業ポテンシャルがあると思うので、大きくドカンというより、小規模でもグローバルに評価される尖った事業がポコポコあるような形が作れたらいいと思っていて。そういった動きの中でも、スタートアップの人たちが絡んでいけたらいいですよね。

編集部

流通や生産管理、マーケティングなどの現場でもまだまだオペレーション向上の余地がある現場も多いでしょうしね。

1/10の再現性

編集部

では最後に有井さんの今後の展望を教えていただけますか?

有井

昨年フランス・パリでDiffarというヘアオイルのブランドをローンチしたんですけど、四万十のゆずや和歌山の山椒などを使ったオイルなどが一定数高い評価を得て、流通ルートも少しずつ確保できるようになっているんですね。そうした実績を積むことができている今、今後取り組んでいくことのテーマを一言で言うと「再現性」なんですよ。

編集部

再現性ですか。

▲2024年10月フランス・パリにてブランドをローンチ。世界中の自然素材を日本の感性でブレンドした6種類の香りが好評を呼んだ
有井

ブランドを立ち上げたり海外へのルートを確立したり、ましてやそれを軌道に乗せることって、なかなか再現性を持たせるのが難しいことだと思うんですよ。僕もよくアドバイスを求められますが、9割ぐらいの人は事業が立ち上がる前に諦めてしまう世界なので。

編集部

確かに失敗に共通点はあっても、成功の再現性を見出すことは難しいですよね。

有井

ただありがたいことに4ブランドとも今のところ黒字で運営できていて、立ち上げから運営・流通までのノウハウもどんどん引き出しが増えてきている。そういった意味で、少しずつ自社ブランド立ち上げの再現性を高めることはできているんですね。今後プロデュースや共創したプロダクトを海外に売り出していく上でもそれがすごく重要で。

編集部

自社ブランドで培った再現性をノウハウとして売り出していく?

有井

そうですね。中でもうちの強みは海外への展開だと思っているので、今後さらにそれを太くしながら、日本のもの作りが世界で認められるようなプロダクトを届けていきたいですね。

編集部

有井さんの中には熱い部分と冷静な視点があって、すごいなって思う反面大変そうだなとも思います。

有井

アクセルとかブレーキのバランスを取るのが大変なんですよね(笑)。でも根本的にはプランを立てたりブランドを大きくしていくプロセスを担うことが自分の領域だと思っていますし、僕はすごい職人でもないんで。自分のブランドでどうやって日本のプライドを取り戻すかみたいなところが、唯一自分がやれることかなって思っています。